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息子を苦しめた川崎病を撲滅したい
〜川崎先生との出会いから川崎病支援研究所設立まで〜

川崎病支援研究所 理事長 中西 晃

 今から12年前、1993年3月、ニューヨークから戻り、会社設立準備をしていた時のことです。次男(当時1歳)が高熱を出し近くの小児科で見てもらったところ「風邪です」と診断され、抗生物質を服用しましたが一向に熱が下がりません。翌日大きな病院へ連れて行くと、同じく”風邪”という診断でした。
 3日目、ついに息子は意識を失い、「これはただごとではない」と救急で東京・大森の日赤病院に運び、検査の結果”川崎病”と診断されたのです。当時まったく川崎病についての知識がなかったため、「川崎の公害だろうか?」と軽い気持ちでしたが、実は大変な病気だと言うことを思い知らされました。
 その時息子の心臓には小さな動脈瘤がいくつもできており、手術するかもしれないという状態に陥っていたのです。唇が切れて血が流れ、パジャマが真っ赤に染まり、苦しみもだえる息子を見て、ただただ回復を祈る日々でした。なんとか手術は回避でき、3ヶ月後には退院したものの、また1ヶ月後に再発。結局、約半年間入院生活を送ることになりました。
 「このまま息子はどうなってしまうのだろうか」と不安にかられていたとき、読売新聞で川崎富作先生のコラムを見つけ、読売新聞に川崎先生の連絡先を聞き、お会いすることができました。息子の病状を話し、データを見て頂いたところ「大丈夫ですよ」といわれ、とても安心しました。その一言は今でも忘れることは出来ません。その後息子は無事回復し、健康を取り戻しました。

 そのような経験から「子供を苦しめる川崎病を撲滅したい」と思い立ち、健康産業の仕事を始めると同時に川崎病の研究に役立てるための募金用封筒を作り、微力ながら募金活動を12年間行ってまいりました。
 川崎病の原因究明に邁進される川崎先生の存在はとても励みになり、私自身の精神的な支えにもなっています。川崎先生が所長を務めている日本川崎病研究センターでは、研究費として年間数千万円を要します。しかし、国からの補助金は少額で、研究を維持するためには、さらなるサポートが必要として、2003年4月川崎病支援研究所を設立しました。
 環境と健康をテーマにした研究、商品開発、募金活動などを行い、そこで得られた資金の一部を川崎病研究センターに寄付し、川崎病研究に役立てたいと考えております。
 すでに住宅、食品、スポーツ、美容業界など幅広い分野から、様々なサポート活動をご提案、実施していただいています。今後とも温かいご支援をどうぞよろしくお願いいたします。




川崎富作
川崎病発見者 医学博士

1967年川崎病を発見して以来、その原因究明のため、世界中の研究者達が努力しております。川崎病は、主に5歳以下の乳幼児が発病する急性熱性発疹性疾患ですが、全身の血管炎、特に心臓の冠状動脈炎が特徴的におこり、冠状動脈瘤が後遺症として残り、そのため、心筋梗塞や突然死の原因となる特異な病気です。